漢方の限界?人の限界

折角、漢方医療を始めて、初めは漢方薬がよく効いたが、難症の患者が集まるようになったら全く治らなくなって、「難病は漢方では治せないんだ」と言って止めた人があったということだ。医学の偉い先生だが、漢方薬に興味を持ってくれたのは良いが、「漢方の限界はここ迄だ」などと発言することが少なくない。だが、それを漢方の専門家からみると、大抵は見当違いで、私から言わせれば、「それは貴方の限界であって、漢方の限界などとは言わないでほしい」ということである。

数年前だが、小冊子ながら漢方専門の雑誌に東洋医学の研究所に在籍しているほどの人が、漢方の限界に言及して「帯状疱疹は漢方では治らないから、至急に病院の特効薬を使用するように」という記載をしたのに驚いたことがある。
 
つい先頃、頭部、顔面に帯状疱疹が発症し、某病院に受診して発疹は消失した。ところが、頭部に残った神経痛様の痛みが、その病院では治らず、病院を何カ所か変えてみたが、どうしても快くならないと言って、紹介されて来た患者あった。私はその患者さんに、五苓散というありきたりの方剤を用いたが、ほんの僅かな期間にすっかり治ってしまい、大変喜んでもらった。その方は、以後、次々と難症の人を紹介してくれる。帯状疱疹は漢方では無理と思った、東洋医学研究所の学者も、漢方や東洋医学に日が浅い人だったのだろう。

私は幸いに、大塚敬節先生という古今の名医に、長年に亘って親炙し、先生が難病、難症を治されるのを目のあたりに見ることが出来た。だから、漢方とはこういうものだと思っていたし、自分も腕を磨いて難症を治せるようになろうと、自然に考えていた。五苓散は、大塚先生が帯状疱疹によく使われるのを見ていたのである。

人間というものは、自分が見たことのない物は信じられないし、自分の力量など自分では解らない浅はかなものなのだろう。
 
ところで、腹診は診法でもあり、治法でもあると、ひとりごとを言ったことがある。先日、幼い男の子が母親につれられて来院した。ところが、診察室へ入る前後から機嫌が悪くなり、泣きわめき、手足をばたつかせ、診察どころではない。母親が衣服を脱がせようとすると、しがみついて離れない。親は困り果てた顔をしている。

私は「よしよし、そのままでいいよ」と言いながら、子供のうしろから、手を前へ廻して、衣服の中へ手を入れて、お腹をそっと押さえてみた。子供は一瞬、私の手を振りほどくとしたが、直ぐそれを止めて、おとなしくなった。しばらく、子供のお腹に手を当て、手掌で腹全体を軽く押さえらりして、虚実と寒熱を勘案し、桂枝加黄耆湯証と決めて手を離した。すると子供はすかさず腕を振り、母親にしがみついた。患者が部屋から出て行った後で、私の診療を傍らで研修している若手医師が、「よく静かにしていましたね」と、ため息を吐くように言った。

1997-7月

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