医者の感じ方、患者の感じ方

2年ほど前に、いろいろな訴えをもって来た女性に、加味逍遥散を2ヶ月ぐらい投与した。その人は、その後、音沙汰が無かった。

つい最近、その患者が突然来院した。しかも頚にえりまき蜥蜴の様な、厳重な保護帯を巻いている。「どうしました」と尋ねると、「吐き気がして吐き気がして、苦しくて苦しくて」との答え。「頚は痛まないんですか」と再度尋ねると、「頚は動かせませんが、それよりも吐き気がつらくて」という。しかし、首も全く廻せないようである。「事故ですか」とまた尋ねたら、「ええ、自動車で追突されたんです」とのこと。

体格は中肉中背、腹力はやや弱く、女性らしい柔軟さがあり、特別な腹証はない。私は、切診をする前から、使う薬方を決めていたが、腹診の結果でそれを確定した。よし子先生※伝授の回首散である。即ち、烏薬順気散に?活、独活、木瓜(筆者・各3g)日本漢方協会編『実用漢方処方集』の烏薬順気散の脚注にある。『衆方規矩』には「臂痛みてひ(冷)え手甚だなやむには五積散に敗毒散を合して、其の効なきときは此の湯に?活、木瓜を加えて安し」とある。以前、寝ちがえをして首が廻らない女性患者に用いて、一日半で治ったと喜ばれたことがあった。

多分一週間で治るはずだが、余裕をもってと考えて二週間分、その薬方を調剤して渡した。その時、「この薬は不味いですよ、それを我慢しないと、これは治りませんよ」と言い添えておいた。此の薬方は、白姜蚕が入り、強烈な臭いがし、調剤しながらでも辟易する程だし、味もにがいらしいので。

さてその後、どうねるだろうかと、時々ながら思い出しては気にしていたところ、一六日目に患者が再来した。 見ると、蜥蜴の襟巻きはしていないで、首を自由に廻している。「いかがですか」と尋ねると、「まだ腕が上に挙がらないで、挙がらないで」と言って、左腕を水平ぐらい迄挙上してみせた。

「でも襟巻きが取れたじゃないですか」と言ってやると、「それは一週間ぐらい前に取りましたよ。それよりもっと前からよかったんですけどね」という答え。むち打ち症の頭首回転不能は、私の推定通り一週間以内に治ったらしい。しかし、本人は「それは当たり前」というつもりらしくて、「おかげ様で」とは言わない。そのうえ、「吐き気がして、吐き気がして」といった訴えも、一言もいわない。だから私も、ことさら尋ねもしなかった。吐き気が治っていなかったら、それを訴えないはずはないと思われたので。要するに、あれ程さわいだ吐き気は、鎮静したと判断できた。

私自身としては、よし子先生伝授の回首散の効果に、今更ながら驚いたのである。

ある女子学童の患者が、先日、母親に伴われて再来した。母親の言うのには、「手の指に湿疹が出ていて、どうしてもよくならないんです。どんなことしても治らないんです」とのこと。見ると、片手の中指の第一関節と第二関節の間の背面に、ざらざらの皮膚荒れがある。

「なるほどね、此処のところは湿疹ですね」と答えながらカルテを見ると、約二年前から治療しているアトピー性皮膚炎で、初診時は、顔は赤い皮疹が占め、皮が剥けている。鼻炎があって鼻閉もひどいと書いてある。だが、今は顔の皮膚は正常で、肘窩も皮疹がなく、すべすべしている。「でも、顔はきれいになったじゃないですか」と、私は内心、随分よくなったなあ、二年間は無駄じゃなかったなと思いながら口に出した。すると母親は、「汗をかくと痒がります」と、すかさず対応した。

同じ治療結果なのに、医者のみ方と、患者の感じ方は、随分違うんだなと思った。


※高木嘉子先生。三鷹市在住。長年にわたり漢方医学、漢方医療を研究して臨床に従事され、西東京地域での漢方専門医グループのリーダー。日本漢方協会講師団中のお一人。

1997-9月

お気軽にお問合せください!

山田光胤記念漢方内科渋谷診療所にお気軽にお問合せください!