柴胡桂枝湯

或晩、夜中に目が覚めた。夢うつつの間に上腹から下腹までの痛みを感じていたが、それが現実と分かった時である。痛みはかなり強い。恥ずかしながら、前日の夕方、気心の知れた仲間が久し振りに集まったので、ついお酒を飲み過ぎた故かと思われた。然し、このような事は、ついぞ無かったのだが、我慢出来ずに、寝床から起き出して診療所の調剤室へ行って、小建中湯のエキス剤を取り出し、一回分を服用した。

腹の痛みは、それで幾分緩和したので、ねむたがりの私は、眠ってしまったが、早朝目覚めた時、矢張り腹が痛んでいた。その痛みは上腹・胃部の辺りに感じられたので、胃炎と考え、清熱解欝湯を煎じて服んだ。

その日一日、同湯をのんでいる間、腹痛は前夜程ひどくはないが、続いていた。その痛みには、緩急があった。翌日も同じ薬をのんだが、痛みは時々発生し、なかなか消えなかった。三日目も、同湯を服用したが、矢張り時々痛みが襲ってきた。

清熱解欝湯を服んだのは、遙か以前に、空腹の時パパイヤを食べて、急性胃炎?になり、胃部急痛を呈したのに、此の薬が著効したことがあったのをお思い出したからであった。しかし、三日目も痛みが続いていた。

困っていた私が、ふと思いついて柴胡桂枝湯エキスを一服のんでみた。すると、その直後に、胃痛が嘘の様に消えてしまった。あれ、あれという感じである。ところが、二,三時間経つと、又、軽度ながら痛みが起きた。そこで、再度、同エキスをのむと、しばらくの間痛みが消えた。

四日目の朝、妻がわざわざ清熱解欝湯煎じてくれた。そこで一服のんだところ、痛みが再燃した。一,二時間様子をみたが、痛みが消えない。そこで柴胡桂枝湯エキスを一服のんでみた。すると少時に痛みが消えた。その日は、同エキスを二回のんだ。

五日目、朝胃部痛は殆どない。が何となく不安で、一日同エキスを二回服んだ。六日目、朝から何ともない。ただ何となく不安で、朝同エキスを一服のんだ。柴胡桂枝湯エキスを三日程のんで、今回のトラブルは鎮静した。

ところで、柴胡桂枝湯(エキス剤ではない)については思い出がある。ずい分以前のことだ。長男がまだ小学校へ上がる前だった。或朝、急に腹痛を訴えた。我慢強い子なので、泣きもせず、ただ身体を海老の様に前へ曲げて横になり、顔をしかめて耐えている。あわてて腹を触診してみたが、子供の腹のことでみあり、特別な所見も得られなかったと思う。そこで、小建中湯やら人参湯などを煎じて次々のませてみたが、余り効き目がなく、小生としてもいささか困惑した。

その日は、夕方、「おじいちゃんに浅草の植木市につれて行ってもらう」という約束があった。痛い腹を押さえながら、息子はどうしても四谷(祖父の家)へ行くといってきかない。已むなく、車に乗せてつれて行った。

おじいちゃん・大塚敬節先生は、息子の腹に触ってひと言、「柴胡桂枝湯をのませなさい」と言われた。早速煎じてのませ、少時見守っている間に、少しづつ楽になるような様子を見せた。息子は植木市はあきらめて、布団に臥て眠ってしまったので、小生が、お供をして浅草へ行き、皐月
を二,三株買って帰った。家へ着くと、息子は目がさめて、起き上がっていて、腹痛は殆ど治っているようだった。勿論、その後一,二日、同湯を飲ませてフォローした。

「外台の柴胡桂枝湯は、心腹卒中痛の者を治す」『金匱要略』腹満寒疝宿食病脈証第

1997-12月

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