五苓散

五苓散については今でも鮮明な記憶がある。その時がいつだったかは忘れてしまった程の以前だった。ある春先、大阪へ嫁入っている妹が、子供をつれて遊びに来ていた或日の晩、診療所から帰宅すると、家族が集まる居間に妹が坐って膝の上に小さい娘を抱いて、おろおろしている。「どうしたのかね」と尋ねるより早く、幼時が「ゲーッ」と嘔吐の声と共に水の様な吐物を勢いよく吐き出し、母親の着物の膝を汚した。

妹が言う、「お昼頃からこの調子で、下痢もするし、熱もあるんです。お水をさかんに欲しがるので、湯冷ましを飲ませたんだけれど、飲むとすぐ吐くんです。子供も私も、持って来た着物が皆んな汚れてしまって、お姉さん(小生の妻)の着物と、えつこちゃん(小生の末娘)の着物を借りてるんです」と。

私はこの様子をひと目見ただけで、「これは五苓散(証」だよ、すぐ煎じてのませなさい と妻に指示した。煎じ薬の出来るのを待ちかねるようにそれをのませると、二十分か三十分経つか経たないうちに嘔吐しそうな様子はぴたりと止まった。翌朝体温は平熱になり、下痢はその日のうちにしなくなった。

此の症例、経験したことが無ければ、私の嘘か法螺だと思うかもしれない。ただ、五苓散の急性証(症)を、私が深刻に銘記したのは、それより数年前に、長男の同様な胃腸型感冒を経験したからである。然もその際はおまけ話がついた。

矢張りある晩、診療所から帰宅すると、当時まだ幼かった長男を、妻が膝に抱いて、同じ状況の中にあった。まだ経験の浅かった私は、いろいろ思案した上で、五苓散証と推定した。そこで、すぐにでも薬を服ませたいと思ったので、自宅診療所の調剤室に入り、茯苓、朮、猪苓、沢瀉、桂枝の五味の生薬を計り、薬研ですりつぶし、メッシュにかけて出来た粉末をすぐにさました白湯で息子に服ませた。効き目の現れるのを今か今かと見つめていたが、さっぱり効果がなく、息子は水をさかんに欲しがり、少し飲ませると、間もなく水様の吐物をちょうど噴水の様にはき出すのである。

困り果てたすえ、息子の祖父に当たる大塚敬節先生に電話で教えを請うた。すると、先生も「それは五苓散だよ、散が効かなければ煎じて飲ませてみな」と指示して下さった。同時に「薬研で粉末を作るには一味づつやらなければだまだよ、振った滓をよくしらべてみな」とも申された。教えていただいた通りに処置したところ、息子の病状は前記の例と同じ様に回復した。あとで残っていたふるい滓をしらべると、猪苓が殆ど残っていた。あわてて薬研を使ったので、粉になりにくい猪苓が残ったのである。息子に服ませた五苓散(粉末)には、猪苓末が入っていなかったことになる。漢方の薬方の厳密さを知らされたことでもあった。

上記の例は、五苓散の普通の使い方で、この薬方はいわばありふれた漢方薬でもある。ところがこの薬には、時としてすごい力を現すこともある。

今、治療中の患者で、脳水腫で歩けなかった人が、五苓散を服ませたら、平気で歩くようになり、一人で診療所へ来ている例がある。以前治療した女子高校生は、歩行不能になって来院したが、五苓散を服用させたら、学校へも行けるようになった。ところが、T大学病院で精査して、脳腫瘍を認められて入院中、五苓散を中止したら、再び歩けなくなり、顔が曲がってしまった。そこで又この薬を使ったところ顔の曲がりが治り歩行もできるようになった。しかし、患者の家族は、大学病院を頼って漢方薬を止めてしまった。その後の経過は分からないが、良いはずはないと思う。ただこれも、その人の運命なのかと暗澹となるのだが。

98-2月

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