ルールと方則

最近の不愉快な少年犯罪のニュースを見ていて、ふと、遠い記憶がよみがえった。それは、何十年もの昔、少年だった旧制中学の時だった。或る日、授業が終わって帰り仕度をしていると、二人の同級生が近づいてきて言った。「おい山田、俺達喧嘩するから、お前、立会人になれ」と。見ると級(クラス)で一番背の高いKと、二番目に背の高いYだった。「よし」と答えて私は鞄を持ち、三人連れ立って学校裏のお寺の守へ行った。私が声をかけた。「喧嘩のもとなど聞かんが、卑怯なことはするな、さあやれ」と。卑怯なこととは、助だちや凶器である。

二人は猛然と、殴り合いを始めた。壮絶な争い数刻で、二人共顔が赤黒い打撲痕だらけになったが、Yは鼻血も出て次第に敗色濃厚となり、やがてグロッキー状になったのが分かった。私が大声を上げて、「もうやめろ」と言うと、二人は2,3回殴り合ったあと、ぴたりと手を下した。私が言う「Kの勝ちだ、Yは恨みを残すな」と。そして三人、無言でとぼとぼと歩き、校庭を横切り、校門の前で三方に分かれた。

その数日後だったと思う。朝教室へ着いて鞄を置くと、後から来たKが顔を赤く腫らしているのに気が付いた。「K、また喧嘩か、朝っぱらから」と私が言うと、違うよ、五年生に殴られたんだ とK。私はかっとなって一年上級の五年生の教室へ駆け込んで、そして大きな声で「Kを殴ったのは誰ですか。何故殴ったんですか」と言うと、あっという間に体の大きな悪の上級生、五~六人にとり囲まれた。「何を」と言いながらである。今にも鉄拳の雨が降りそうな雲いきで、私は内心恐ろしくてならなかったが、言ってやった。「校長先生に、下級生に鉄拳制裁してはいかんと言われたばかりでしょう」と。

彼らは揃って、腕を振り上げんばかりの様子だったが、私の両袖口に巻いてある細い二本の白線を見て、「どうしてやろうか」と迷っているらしかった。それは、校長から渡されていた級長の印しのせいだったろう。数刻、無言で睨み合ったが、私も恐ろしいので「今日は校長先生に報告しないけれど、これからは下級生を殴らないで下さい」と言って、早々に引き上げた。怖い経験だった、私の声は振るえていたかもしれない。Kにそのことを言うと、「うん」と言って黙って私の顔を見ていた。

ところで、もう五~六年まえになるが、そのK君が金匱会診療所へ尋ねて来た。十年以上の患いの、尋常性乾癬で、頭から下肢まで、ほぼ全身が皮疹に覆われ、且つ満月様顔貌と皮膚はステロイド皮膚炎が併発していて、傷だらけだった。

この患者には、温清飲加味を用い、三年余りで治癒したので、先に治験報告をした。この症例は、漢薬の効果もさることながら、ステロイドの離脱を、患者自身が進んで行ったからこそ目的が達成されたものと思う。さぞつらかったろうと想像されるが。

健康になったK君は、中小企業ながら会社の社長にもどり、今は後継者(御子息か)に委せて会長になっている。昔の悪餓鬼は、意志強固だし、ルールをよく知っていたものだ。

また此の症例は、漢方の証、陰陽虚実の法則に準じて治療したのであり、漢方治療は、この漢方本来のルールと方則を、よく理解して運用すべきだと思っている。

(注)校長・岩本春市先生、東京文理大卒、立派な教育者だった。私の生涯の恩師。晩年、御逝去迄漢方薬をさし上げた。

98-8月

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