腹診は診法で治法

春の温かかった日射し、背負ってくれた父のがっしりした背中のぬくもり、そしてお腹に触られた時の先生の手の感触が、何ともいえないこころよさで、安堵感を感じたのが、私が初めて漢方に出会った日の記憶である。それは大塚敬節先生との出会いでもあった。60年以上も昔である。
 
爾来数年、先生の診察を受ける度に、いつも感じたことが、今もよみがえって来る。それは、先生の患者に接する時の温顔と共に、腹部触診を受けた時の感触である。漢方の診察法は四診といわれ、望診、聞診、問診、切診の法があり、切診として主に脈診と腹診が行われる。

このようにみると、腹診は四診のごく一部のようだが、その重要さは多くの古人が認めたところである。そのことをここで論じるのではない。これは日頃考えている腹診についてのひとりごとである。
 
腹診は、診察法である。だがそれだけではない、診察法であると共にそれは治療法でもある。だから、腹診をする上で、最も大切な点、即ち腹診の要諦は、患者に苦痛を与えないことである。更に望むならば、患者に安堵感を与え、こころよさを覚えさせることだと思う。それこそは、幼少の頃に受けた、大塚敬節先生の診察、腹診がそうだったのである。和田東郭は、「腹診は手を平たくして診すべし、然らざる時は病人せつかなかるなり」といっている。病人がせつながるような腹診は下である。
 
『腹証奇覧翼』(和久田叔虎)には、覆手圧按法と三指探按法を図解している。覆手圧按法は、筆者が手掌診と呼んでいる技法で、覆手(手のひら)で軽く肌膚をなでさする法である。三指探按法は、(示指、中指、無名指)をそろえて、そば立て指頭を微動して按し、腹皮内の凝滞、結聚を審かにし、圧痛の有無を弁ずとなっている。筆者は、三指診を、三指指腹診と三指指頭診に分けている。指腹診は、手掌診に準じて比較的広い範囲の部位を探る法で、指頭診は比較的狭い部位、例えば腹直筋、心下部の抵抗、臍下痛(?血)等を探る法としている。

腹診の技法には、その他にも数種のテクニックがある。それなのに、『奇覧翼』の三指探按法のみを行い、然かもそれを誤解して力をこめて患者の腹壁を押しまくるのは、漢方腹診ではなくて、患者に対する拷問だ。

筆者は、小さな孫が、腹痛を訴えたり、激しい咳をしている時など、腹や背中に軽く手を当てたり、軽く押さえたりしてやる。するとそれで腹痛がやんだり、咳が一時止まったりするので、孫は喜んで腹診を要求する。小さい子供の患者で、「先生の手は魔法の手だ」と言う子がいた。腹診は治療法でもある。拷問に使ってはいけない。 
 
大塚先生は弟子達に、ご自分の診察をよく見せて下さった。が、弟子には、診察をした患者にさわらせては下さらなかった。だから、患者は、大塚先生が按腹された感触を、感じながら帰ったと思う。先生の治療は持続したであろう。

私は患者を診察したあと、たいていは弟子達にも、脈診、腹診をさせている。そうすると、嫌がる患者もあるようだが、漢方の診療を速く覚えさせようと思うので、私はそのようにしている。患者が減るかも知れないと思いながら。私が按腹し、患者がその感触を得ても、そのあと又腹壁に触られると、その感触は消えてしまうだろうとも思うのだが。

1997.5月

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